吉日となす
おかげ庵のあとは、太陽の軌道に沿うようにコメダ珈琲店へ向かいました。大事な共通チケットをしまった財布を、右腿に自然と感じながら。
幸いそれほどの混雑でもなく、書架前のソファになるべく詰めて座って順番を待ちました。目の前では、元気なお兄ちゃんと妹さんが、連れてきてあげたご両親よりも先に出ていく前に、行きつ戻りつしつつ、読み終えた絵本を書棚に逆さまに置いて楽しんでいました。
そんなことがあっても、誰一人危なっかしい思いをすることがないのはさすが本店だと思わずにいられません。しばらくして、はじめてになる2階へ案内がありました。
少し驚いたのは、1階のスタッフと2階のスタッフとでしっかりと連携が取れていたことです。向かうべき席が、おかげですぐに見つけられました。
自分は、本店へ来たのは、リニューアルオープンから半年ほど経った今年の春がようやく最初で、それからの来店回数にしても両手の指で足りるほどです。店内の空間把握がまだ覚束ないなか、顔を見てゆっくりと話しながら教えてもらえたのは、本当に助かりました。
ぐらつきのない丸テーブルと、寄り添う肘掛けソファにいざ腰を落ち着けてみると、その席は、店内の緑から木造建築の堂々たる姿、あたたかな灯りに美しいステンドグラスまで、そのすべてを正面に見渡せる最高の席でした。中心には、1階から2階まで、コーヒーを焙煎するための古さびた煙突が聳えていました。
注文はいつものようにし、パンが来るまで、書棚から持ってきた「コメダホールディングス 統合報告書 2023」に目を通すことにしました。PDFで折りにつけ読み返してはいても、紙媒体で手に取れるのは、触覚・視覚的に助かるうえにまた新たな発見があり、有意義な時間が過ごせました。
やがて運ばれてきたモーニングを、書類はいったん置いて、急いで戻しにいくこともしないで、ゆっくりと楽しんでいきました。この時間でもゆで玉子が熱々で、それだけはふた口で頬張ったほどです。
やがて向こう側に、連れ立った小さな女の子とお母さんが、もっと見晴らしのいい4人掛けテーブルへやって来ました。仲好く並んで座って、話しながら食べ、女の子は何度も何度も「おいしいね」と喜びを精一杯伝えようとし、お母さんは、うれしさを噛み締めるように穏やかに、一緒に食べ続けていました。
3人が食べ終えようとするころ、電源コンセントを求めるまた別の組が2階へやって来ました。耳を傾けるとスタッフも案内に困った様子でしたが、軽く見渡し、この自分の足もとの壁にそれがあるのを見つけました。
一人である自分は、幸せに満ちた母子を急かしたくない気持ちと、誰もが残念な思いで帰ってほしくない気持ちとで揺れながら、ほどなく自分のペースで席を立ちました。床の清掃も見事なもので、ソファを引くのにわずかな苦労もありませんでした。
階段を降り、チケット2枚で会計を済ませ、挨拶と笑みで感謝を伝え合ったうえで、自分は外へ出ました。今年はじめてのコートを羽織り、マフラーを結んで胸を張ると、目の前のおかげ庵から昇ってきた太陽が、あたりを明るく照らしていました。