一昨日は、私が小学生になってすぐ離婚して、その後一度会いに行った時に盛大に喧嘩してくれてから“もう2度と会っちゃ駄目だ”と幼いながらに思ってしまった母親を探すべく市役所に行った。
もうかれこれ30年以上会ってない。
探そうと思ったのは手紙を発掘したから。
見付かったメッセージカードや手紙に
「あいたいです」
「いつも会いたいなって思っています」
「会いたいです。考えると淋しくなるから、元気でいて下さい」
「お手紙を書いてはくれませんか?」
など、お母さんからの気持ちが沢山綴られていた。
親になって、子ども側に記憶が無くても親側はお腹の中にいた時から産まれた時、小さい頃に連れてったアレコレや沢山の思い出が残ってるのを思い知らされた。
どんなに祖母や父に母親の悪口ばかり聞かされて、“自分は捨てられたんだ”と思わされていても、あの時のお母さんにはそんな(捨てた)つもりは無かったんだと思う。
じゃなきゃ「会いたい」なんて言わない。
色んな気持ちで「私は会いたいなんて思ってない」と祖母には言い続けてきたけど、本心ではなかった。
父親がキレ散らかしてるのを見て“もう会っちゃ駄目だ”と思ったのが大きい。
“もう会っちゃ駄目だ”と思った私は、まだ6歳だった。
お母さんの最後の手紙は私が中学生に上がった頃っぽかった。
「元気でいて下さい」と締められていた最後が、「お元気で」になってた。
「大きくなったことでしょう。お元気で」
約6年間、なんの返事もなくそれでもプレゼントを送り続けて、どんな気持ちだっただろう。
6年生の時に一緒に住んでいた祖父が亡くなったのを知っていた手紙があったから、多分私の近況は父か祖母を通して母に伝えられていたんだろう。
今更、私が何かしたところで迷惑でしか無いかもしれないけど、どうして連絡をしないって気持ちに至ったかは伝えたかった。
キレると手をあげてくる父親が怖かったから、またお母さんに会いに行って不機嫌になられたらとか、私が何か主張することで、家での自分の居心地が悪くなるのも怖かった。
人生で初めてなったホームシックは、結婚して家を出てから初めて実家に帰った時だった。
実家に帰ることを「ホテル代わりにしやがって」と言われる場所。
私には帰る場所ではなかった。
それが実家。
それでも、お母さんが幸せでいてくれたら私は嬉しい。
もう、「私がこうしたいと思ったらどう思われるか」じゃなくて「私はこうしたい」で生きるって決めた。
ここまでくるのに時間がかかった。
「心から私のことを大切にしてくれる人に出逢って、私にもちゃんと本当の家族が出来たよ」って伝えたい。
市役所で母親の本籍を調べてもらって、取り敢えずコメダで一休み。

思いのほか市役所が早く終わったから、モーニングに間に合った。
ずっと気になってたクラムチャウダーにした。
トーストは食パンで卵ペーストにした。
コメダリーメントも、トースト×卵ペーストに(笑)
美味しい美味しい。
お母さんの手紙を見付けてから、情緒がヤバくてコメダでも何度も涙が溢れた。
取り敢えず本籍地の役所にお母さんの戸籍附票を送って貰わないとだから、必要な手数料分の小為替を買わないとで幾ら分必要なのかを問い合わせた📱
アザラシママンとコメダンディがいてくれたから心強かった。笑
今度はニコニコ楽しい気持ちで過ごしに来たい。
自分を奮い立たせる為に「市役所行ったらコメダ寄る」って決めてったから、コメダのお陰で市役所に行けたと言っても過言ではない。
かき氷の時期に入る前に、1回はまた行きたいな、コメダ。
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投稿を表示コメダマスコットも可愛いですが、心情を綴られた文才が素晴らしく思いました。私もコメダで心の傷を癒してもらうことが多くジンワリしました。
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投稿を表示アザラシママンとコメダンディが一緒で心強かったですね😊
nappa87さんの幸せをお祈りしています✨