年の瀬の墓参りで、故郷の日進を訪ねました。

武田茂敬『岩崎城の戦』(日進市教育委員会、1981年)によると、1551年、当時日進・東郷・長久手一帯を勢力下に置いた丹羽氏に内乱がありました。本家丹羽氏識の岩崎城を乗っ取ろうと、分家の藤島城主丹羽氏秀が織田信長に直訴し、信長もこれを取り上げて出兵しました(横山麓の戦い)。この戦いは信長にとってはめずらしい敗北に終わり、藤島城は氏識が占拠し、以後氏勝、氏次と続く岩崎城主の地位を磐石なものとし、氏秀は、逃亡先の広見城(豊田市)で討たれました。
小さいころから、この場所に石碑が立っているのは通るたびに気づいていました。しかし、それが何であり、かつてここで何があったのかは、関心を抱くことさえできずにいました。まわりのひとに訊いたとしても、たぶん誰も答えられなかっただろうと思います。
しかし、それは自分の生きている世界が狭かっただけなのだと、いまではわかります。史料が残され、研究が進み、その成果を購入することができて、それを読むことで得た新しい目で眺めるのなら、田んぼしかないと思っていたこのあたりの景色が、この地域で脈々と生活を営んできたひとたちの、文字通り血が通ったもののように見えてきました。
もっとも、それさえ、父母の代に新興団地へ引っ越してきた自分などとは違い、本当の昔から日進で生きてきたひとたちにとっては、何一つ特別なことのない風景なのかもしれません。


コメダは、何も変わっていませんでした。変わったことといえば、コメダの帽子をかぶった巨大なクマのぬいぐるみが、年末の来店ラッシュで多忙を極めたせいか、いつもより少しくたびれた格好だったことくらいです。
ジャーマンを食べるのもひさしぶりでした。これだけのボリュームは、スープが具沢山なのとあわさって、平らげるのにさすがに時間がかかります。
それをむしろ、自分はポジティブに受け止めてきました。家族との記憶をゆっくり紐解きたい気持ちのとき、ジャーマンに限ることなく、よく注文するのがまんぷくプレートです。
この日は、兄との思い出が蘇ってきました。
一度、兄と二人でこのお店へ来たことがあります。
兄は結婚の話を父に反対され、自分は大学院を休学中で、二人とも楽ではない時期でした。そんななか、兄はひとづてに聞いた話から心配をして、心をわかってやりたいと思ったのでしょう。あるとき、「日記持ってコメダな」と言ってきました。
自分は約束したとおりに落ち合い、素直に読ませましたが、もともと会話の乏しい間柄であり(兄と弟は母に似て控えめで、姉と自分は父に似て図々しいという性格の違いが大きかったと思います)、またおそらくは、この自分の思考と言語表現が世間並みではないために、そこに書かれたことも、それを書いた人間の心も、十分に理解できるものではなくて、兄は、何を言ったものか困っている様子でした。
そのとき、おたがいが何を飲んでいたのかは格別思い出せません。思い出すのは、「日記持ってコメダな」と声をかけてくれた、そのときの兄の振り絞ったような勇気と、わかったようなことが何も言えなくても最後まで一緒にいてくれた、そのやさしさです。
この先、そういう機会は二度とないと思っています。しかし、ただの一度でもそれが持てたことが、自分にとっては永遠の財産だし、兄自身は、勇気とやさしさをいつまでもなくさずにいてほしいと思います。
食後のデザートは、はちみつオーレで簡略化しました。

おいしかったです。コメ黒カップで提供するのが、さすが日進一ハイカラな喫茶店です。甘くて、もこもこしていい香りがして、最後まであったかくて、ついついゆっくりしてしまいました。
線香は、今回もコメダのをあげてきました。コーヒーの香りは、感じたか感じられなかったか、何しろ墓では厳粛になる性分のためそこまで注意が及びませんでしたが、煙はたしかに少なめでした。ただでさえ涙をこぼしたくないから、それが助かりました。
いつもの自分を取り戻したら、募金だけはして、帰りの駅へ歩いていきました。


天白川の水源は、ここ日進にあります。コメダから米野木の交差点を直進し、五反田の三叉路で愛知牧場ではないほうへ進み、東名高速を越え三本木を抜けて、長久手・豊田へ至る峠道の手前、三ヶ峯の片隅にある、とくに変わったところも、標高もそうない池です。
地理的にはそうでも、もしかしたら、日進のひとたちは、この川があたかも遥か猿投山から流れてくるように見えた日が、一度や二度はあったのではないでしょうか。


2025年も、米野木お馬頭祭りは無事おこなわれたということです。例年通りコメダへも立ち寄っていったそうで、そこまで忙しくなければ、店長もひと目見ることができたでしょう。
名古屋へ帰る前に、もう一つ寄り道をしました。名古屋市営地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線の接続駅、赤池の「レトロでんしゃ館」(名古屋市交通局)です。

最後の最後まで帰りたくない小さな子どもに言い聞かせるママたちと、見守る職員のひとたちと一緒になって、自分も、最後まで楽しんでいきました。
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