コメダ写真館

イシガミ
2026/02/16 17:31

常盤の蔭

濃尾平野で雪の舞った日、市バス・地下鉄を乗り継いで有松へ行きました。

名鉄有松駅前 モニュメント「藍流〜あいる〜」(2006年)
コメダ珈琲 イオンタウン有松店

有松は、江戸時代、東海道池鯉鮒宿(知立市)と鳴海宿(名古屋市緑区)のあいだにあって、茶屋と絞り染めで栄えました。往時の面影を残す中心エリアは、中小田井などとともに名古屋市町並み保存地区に指定されています。

イオンは外装工事中でしたが、コメダはすぐにわかりました。イオン開店前から出入りできるドアがあるのは、イオンタウン千種やイオンモール Nagoya Noritake Gardenのコメダと同じです。

2025年4月現在、愛知・三重・岐阜・滋賀・京都・大阪・静岡に30(31)店舗を展開するマイグループのうち、これで愛知の15(16)店舗すべてを訪ねることができました。コメダ部へ入って以来、足かけ3年半です。

達成感がないわけではないですが、それよりも、外装、内装と雑誌レパートリー、接客とオペレーションスタイル、ロケーションに地域との調和と、楽しかったのは、同じグループでもいろんなコメダがあるのがわかったことです。

これからも、そのほかを排除するわけではないですが、マイグループを贔屓にしていきたいです。

モーニングは、オーレとあんこにしました。

カップに入れると、ミルクコーヒーのときより葵に近く感じました。オーレグラスで提供されていたアイスにはたしかにミルクの層があったから、たぶん、これが本来の小豆小町なのでしょう。

ゆっくり味わい、地図を頭に入れたら、いざ織田対今川決戦の地、桶狭間へ向かいました。

有松の里
弥次さん喜多さん
おけはざま山麓の白梅
桶狭間古戦場公園 工藤潔「近世の曙」(2010年)

中島砦から釜ヶ谷へ到着した信長本隊は、折りからの暴風雨が止むや一気に義元本陣へ突撃したといいます。徒歩で来ただけに、足を早めればその気分が味わえました。

信長塀の熱田神宮とぬいぐるみポーチ(パスケース)
なごやヒストリカルウォーク報酬 交通局缶バッジ
長福寺 放生池
桶狭間神明社
桶狭間古戦場観光案内所
瀬名氏俊陣地跡
飛び出し注意
地蔵池
高根山 陣地跡と案内板
有松中学校から見た猿投山
ありまつ公園 冷泉為章歌碑
イオンタウン有松

一人でと、桶狭間古戦場保存会によるグループガイドツアーとで、見どころを全部周ることができました。一日費やしただけ、多くが感じ取れました。

興味深かったのは、ガイドボランティアのひとからあの「ごんぎつね」の話が聞けたことです。

冒頭、舞台のモデルとなった岩滑に中山様という殿様が住んでいたことが語られますが、その中山とは、もともとは、室町時代に南朝の落武者が集落をつくったここ桶狭間の、長福寺の裏手に暮らしていたというのです。南吉はとくに時代を設定していませんが、話をまとめると、現在新美南吉記念館があるあたりに居館を構えていた中山勝時は、どうやら、桶狭間から半田へ移り住んでいった中山氏の子孫ということになりそうです。

遠いか近いか、自分には、明治維新と廃藩置県ののち有松村が半田町と同じ知多郡に属したという知識は別とし、時間でも交通費でもなく、心の距離が近ければ、そう遠くないもののように思えました。

2度目のコメダは、コーヒーとソフトクリームにしました。たくさん歩いて疲れたのと、リーメントで引き当てた運命からです。

おいしくて、ホッとしました。朝大方をつかんでいただけ、つまずくことなく過ごせました。

桶狭間は、完全制覇にはほど遠いものの、これでひと通り見聞を得ました。何もなくてもまた来たいですし、地域の小学生がつくる3,500本の灯籠が大池を彩るという、万灯会・桶狭間古戦場まつりを死ぬまでに一度見たいです。有松絞りまつりも、有松・鳴海絞会館での買いものもまだなら、桶狭間の戦いで今川軍の家康が担当した大高にも、城と街並みは歩いて見たとはいえ、ガイドツアーでしか聞けない話がまだ残っています。

しかし、この次の遠出は、知多へ行きたい気がしました。落武者にあわれをもよおす趣味はないですが、そろそろ、伊勢湾の風は春が近づいてきていそうだからです。

イオンとバスターミナル
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