名古屋能楽堂の帰りに、近くの円頓寺店へ。歩くにはつらい距離かもしれませんが、道中の景雲橋小園や五條橋、円頓寺商店街などをゆっくりと散策するのも、コメダをめぐる一つの楽しみ方かと思います。
演目は、「清経」(宝生流)でした。清経は、本日の公演ではモデルはかの在原業平とのことでしたが、平家の武将で、清盛の孫に当たります。敗戦を重ね西へ西へと逃げ延び、妻との再会の約束を果たさず、入水を遂げます(ちなみに、平家の人間はもともと、戦よりも笛や琵琶、和歌に本領があったとされます)。
自分自身、能ははじめてでしたが、開演前に親切な解説があり助かりました。小さな子ども連れのお客さんもいらっしゃり、さぞ安心なされたことと思います。
物語は、まずは里で夫の帰りを待つ妻のもとへ、清経の家臣、淡津三郎が主君の遺髪を届けに現われます。妻は、夫を恨む心から遺髪を受け取らず、涙ながらに床へつきます。
その夢の中に、夫である清経が現われます。おたがいに胸の内を語り(謡)、やがて夫がいきさつを明らかにし、最後に舞を演じ、そこで見せた二つのことから、清経だけは地獄から救われたのだといいます。
夫につき従い舞台から遠ざかっていく妻が、後座から橋掛かりへ移る間際、一瞬だけ踏み留まっているように視界の片隅に見えた(惑いなのか、決心なのか?)のが印象的でした。
円頓寺店は、日暮れの寒空のもとに満席でした。様変わりした豆菓子の袋も、いよいよ当地にも冬が来たことを感じさせます。目についたオレンジページを手に取り、冬の家庭料理に読み耽りました。心があたたまったところで、家路を急ぎました。
名古屋能楽堂の帰りに、近くの円頓寺店へ。歩くにはつらい距離かもしれませんが、道中の景雲橋小園や五條橋、円頓寺商店街などをゆっくりと散策するのも、コメダをめぐる一つの楽しみ方かと思います。
演目は、「清経」(宝生流)でした。清経は、本日の公演ではモデルはかの在原業平とのことでしたが、平家の武将で、清盛の孫に当たります。敗戦を重ね西へ西へと逃げ延び、妻との再会の約束を果たさず、入水を遂げます(ちなみに、平家の人間はもともと、戦よりも笛や琵琶、和歌に本領があったとされます)。
自分自身、能ははじめてでしたが、開演前に親切な解説があり助かりました。小さな子ども連れのお客さんもいらっしゃり、さぞ安心なされたことと思います。
物語は、まずは里で夫の帰りを待つ妻のもとへ、清経の家臣、淡津三郎が主君の遺髪を届けに現われます。妻は、夫を恨む心から遺髪を受け取らず、涙ながらに床へつきます。
その夢の中に、夫である清経が現われます。おたがいに胸の内を語り(謡)、やがて夫がいきさつを明らかにし、最後に舞を演じ、そこで見せた二つのことから、清経だけは地獄から救われたのだといいます。
夫につき従い舞台から遠ざかっていく妻が、後座から橋掛かりへ移る間際、一瞬だけ踏み留まっているように視界の片隅に見えた(惑いなのか、決心なのか?)のが印象的でした。
円頓寺店は、日暮れの寒空のもとに満席でした。様変わりした豆菓子の袋も、いよいよ当地にも冬が来たことを感じさせます。目についたオレンジページを手に取り、冬の家庭料理に読み耽りました。心があたたまったところで、家路を急ぎました。
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イシガミ
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2022/12/03
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今日のコメダ場